選挙をやるための戦争?

ファルージャが激しく攻撃されている。
しかし、米軍や日本政府が主張している、「選挙を行うための戦争」、これ何かおかしくないか。

もともと、選挙というのは、暴力を封じ込めるためにやるのではないか。
戦国時代や原始時代に、選挙はない。
誰でも暴力をふるって、略奪して、「俺は王だ」と宣言すれば、それですむのである。

それではあんまりだというので、人類は次第に賢くなって、選挙という知的な「戦争」を始める。
今でも、選挙で飛び交う現金を「実弾」と呼ぶ。
選挙とは、洗練され、合法化された「戦争」なのである。

選挙は、暴力を否定したところで始まる。
その選挙をやるために暴力を使うとは、何事か。
選挙とは、そこまでしてやるほどのものなのか。
「平和のための戦争」というのと同じくらい、おぞましい詭弁だ。
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コメントもいただいたFAIRNESSさんのサイトを見ていたら、普通の米国人のの