益子祇園祭、栃木でLSDパーティー

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7月25日には益子祇園祭に。
益子とは、益子焼で有名な、あの益子町である。

この祭りは、かつては「関東三大奇祭」と呼ばれていたものだ。
巨大な杯に、熱燗の酒を満たす。
それに男たちが犬のように群がり、ちゅうちゅう音をたてて飲み干すのである。
ほとんど、男たちの「愛」すら感じさせるドラマだ。
完全に女人禁制で、会場の神社の拝殿には、女性は一歩たりとも入れない。女性のカメラマンも同様である。
なんとなく、ホモっぽい儀式だ。
現在は神社でやっているが、かつてはおのおのの家に集まって、延々と飲み耽っていたという。
そして、全部飲み干すまでは帰さないという、ハードな祭りだったらしい。

要するにこれは、現代のLSDかマリファナパーティーみたいなもんだ。
祭りは狂気であり、非日常な情熱の放出である。
そのためには、酒というドラッグの力が必要だったにちがいない。

今は裃を着てかしこまってやっているが、かつては乱交パーティーのようなものだったのではないだろうか。

栃木の田舎でLSDパーティー。
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へそ祭りと女体の神秘

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群馬県渋川市の「へそ祭り」に行ってきた。

渋川はへそに燃えている町で、あたり一面へそだらけである。
駅には「へそ文庫」というものがあったし、へそまんじゅうというお菓子も売っているし、駅前には「ようこそへその町へ」の看板がある。
祭り当日は町全体に「へそ音頭」という歌が流れている。
それにあわせて、老若男女がお腹に絵を描き、「へそ踊り」を踊りまくる。
よっぽどへそが好きらしい。
へそ自慢の町。

前にも書いたが、日本には「へその町」を自称する町がいくつかある。
日本を本土だけに限定するか、沖縄や北方領土も含めるかで見解が分かれてくるのだが、なぜそんなに「へそ」にこだわるのだろうか。
一つくらい、
「うちは日本の乳首です」「いや、日本の○○○です」
などと名乗りだす町や村があってもいいと思うのだが。
日本列島を女体にたとえるなら、いくらでもヴァリエーションは可能ではないか。

そしてその町が主催で、「乳首祭り」とか、「○○○サンバ」とか、発狂したような祭りを開催してくれたら、僕は絶対見に行くのに。
町おこしのため、人類の未来のため、関係者各位は、真剣な検討をしていただきたいものである。

へそ祭り、益子祇園祭

近日中の取材予定を。

7月23日は、群馬県渋川市の「へそ祭り」。
これは、「日本のへそ」を自称する渋川市の祭りで、老若男女が、お腹に絵を描いてへそ踊りをする、というもの。
「日本のへそ」を自称する町や、へそ踊りは全国にいくつかあるようだ。
(兵庫県西脇市には、「へそ公園」というものもある。北海道の富良野市にも「へそ踊り」はある。これは、富良野が北海道のへそだからという触れ込みらしい)。

7月24日は、栃木県益子町の「益子祇園祭」。
かつては関東三大奇祭と呼ばれていたもので、巨大な杯にかん酒を満たし、みんなで一気飲みするというもの。

やはり夏は、狂気の季節なのだろうか。
発狂したかように、祭りが多い。
暑さのあまり、踊るしかすることがないのだろうか。

吐き気がするほど美しい祭り

7月14日、横浜の戸塚に「お札まき」という奇祭を見に行った。
衝撃的だった。祭りを見て吐き気をもよおしたのは、これが初めてである。

これは要するに、おっさんたちが女装をしてお札をまいていくという祭りなのだが、この女装がむちゃくちゃなのだ。

女装というのは、そう簡単なものではない。
プロのオカマや歌舞伎の女形が美しいのは、彼らがすでに「女」として日常生活を送り、「私はこれから女として生きていくのよ~!」という気概や矜持があるからこそなのである。
そこらへんのおっさんがいきなり女装しても、そこに現れるのはただの化け物であり、見るものをゾッとさせるだけだ。

「お札まき」がまさにこれだったのだ。
お札まき衆は10人以上いるが、平均年齢は50-60歳と高く、それがにわかじたてに白く塗りまくり、文金高島田のかつらをかぶっているのだから、戦慄を覚えて当然である。
現に、観客の女の子たちから、
「ゲゲ~」
という悲鳴があがっていたくらいだ。

人生は悲しい。
伝統的行事とはいえ、60歳のおっさんが、文金高島田に結って女子高生に悲鳴をあげさせねばならないのだから。

とはいいながら、面白い祭りだった。
納涼というか、不気味なものや肝だめしが好きな人は、見に行ってもいいかもしれない。

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「男もすなるぶろぐといふものを……」

「男もすなるぶろぐといふものを女もしてみんとてするなり」(『土佐日記』紀貫之)

試験的に、初めてみます。更新が楽になるでしょうか。

以前のエッセイはこちらです。