偽物は本物を超える

ルーブルの贋作…「アーブル」美術館展 香川・小豆島

これ、面白い。
ここまで下手だと、本物を超えている。

本物に似せて描くなんて誰でもできることで、本物を乗り越え、オリジナリティを編み出すほうがはるかに難しいに決まっている。
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真理と誤り

真理と誤りが同じ起源を持つのは、奇妙なことだが確かである。

だから、誤りをぞんざいに扱ってはならない。それは真理を傷つけることにもなるからだ。
(ゲーテ)

「STAPゆえに我信ず」

いまだ「記者会見の小保方氏は嘘をついているとは思えない」とか言っている人は、くれぐれも詐欺には気を付けてほしい。人間を見る目があまりにもないから。

小保方氏の事件は、人間の想像力が試されている。
「あんなすぐばれる嘘をつくわけがない」とか言っている人は、人間に対する洞察力と想像力がなさすぎる。
ある種の人間は、すぐわかる嘘を平然と、嬉々としてつくのである。

小保方氏が再現実験に失敗したら、信者は黙るか?
黙らない。

むしろ、失敗すれば逆に小保方氏を信じる者は増えるだろう。
「非合理ゆえに我信ず」。胡散臭いからこそ、信じがたいからこそ、信じる人が現れるのである。
宗教というものはこうして生まれる。

宗教としての科学

やはりSTAP細胞は捏造だということで決着がつきそう。
STAP小保方はベートーヴェン佐村河内とともに、詐欺師の歴史に名を残しそうだ

今回の騒動でよくわかったのは、「科学には再現性がある」というのは極めて怪しい話であり、一度も再現されていない科学論文は山ほどあるということだ。

再現するにしてもお金と機材が必要だから、世界で数人しか再現できなかったりする。
つまり、その数人が共謀すれば「科学的事実」とやらは簡単にでっち上げられるのである。

「科学とは新しい形の宗教だ」とよく言われるが、その真の意味がわかってきた。

幇間(太鼓持ち)

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先日、「最後の吉原芸者」という映画を観た後、舞台で幇間(太鼓持ち)の演技が披露された。

幇間はいまや世界で五人しかいないらしい。
芸は古めかしく、少しわかりづらかった。古典落語の世界と少し似ている。
この人は以前は演劇をやっていたのだが、気が付いたらいつの間にか太鼓持ちになっていたという。