「最後の吉原芸者」 先日、「最後の吉原芸者」という映画を見に行った。タイトル通り、最後の吉原芸者となったみな子姐さんを追いかけたドキュメンタリーである。ところで、この映画の監督である安原眞琴さんは、吉本ばなな氏の編集者として有名な故安原顯氏の娘さんと知り、驚いた。安原顯さんと言えば、生前に僕の処女作である『ゲオルク・トラークル、詩人の誕生』を書評で誉めてくださった覚えがある。この世界は狭いところで神秘的に繋がっているんだなあと感じた。
『ゲオルク・トラークル、詩人の誕生』 僕の処女作である『ゲオルク・トラークル、詩人の誕生』(鳥影社)は、今のところ品切れになっている。僕はいくらか持っているので、試みにアマゾンマーケットプレースに二冊出してみたら、一日で完売してしまった。なるほど、この本は発行部数も少なかったし、けっこう需要があったのか。マーケットプレースにも滅多に出ないので、図書館で借りて読んでしまった方もいるだろう。残念。こんなことなら、もっと早く出品するべきだった。僕としても、この本が広く行き渡り、多くの人に読まれるのは嬉しいことだ。これは、僕を大学の外へ連れ出し、物書きの道へと投げ出した本なのだ。
ゲオルク・トラークル ゲオルク・トラークル(1887-1914)を再読している。闇夜に煌めくオパールやルビーのような陰惨な輝きと戦慄に、あらめて驚嘆する。トラークルはオーストリアのザルツブルク生まれ。当時勃興したアヴァンギャルド芸術運動である、ドイツ表現主義の最高の詩人とされる。彼はあらゆるドラッグを試して詩を書いたジャンキー詩人であり、妹との禁じられた愛も噂されている。トラークルは第一次世界大戦に従軍したが、戦場のあまりに苛烈な現実に耐え切れず錯乱、精神病院に収容される。そこで大量のコカインを使い、オーバードーズで27歳の生涯を閉じた。僕の処女作『ゲオルク・トラークル、詩人の誕生』(鳥影社)のテーマとなった詩人である。以下の詩は、彼の代表作の拙訳。滅び夕暮れ、鐘が平和を鳴り響かせると、僕は鳥たちの美しい飛翔を追う、長い群れをなし、敬虔な巡礼の列のように、秋の明るい空に消えていく。暮れゆく庭をさまよいながら僕は鳥たちの明るい定めを夢み、もう 時の動きさえ感じない。それで僕は雲を超え 彼らの行く先を追う。すると、滅びの息吹が僕を震わせる。くろうたどりが葉を枯らした枝で鳴き叫ぶ。赤いブドウが錆びた鉄格子に揺れている。そして 青ざめた子供たちの死の輪舞のように朽ちていく暗い泉のふちで、風の中に凍えながら 青いアスターが頭を垂れている。
トラークルに何が? 最近、「ゲオルク・トラークル」で検索をかけて、このブログまで流れつく方が増えています。トラークルの身に何が起こったのでしょうか?どこかで忽然と、この詩人の話題が沸騰中だとか……?ご存知の方、教えてください。